大阪地方裁判所 平成8年(ワ)3191号 判決 1997年4月28日
原告
細川清
ほか一名
被告
堀部雅和
ほか三名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告らに対し、連帯して、各金二五七一万九三〇三円及びこれに対する平成七年六月一九日(事故日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、訴外細川清己(以下「亡清己」という。)の相続人である原告らが、被告らに対し、亡清己は被告らがそれぞれ運転する普通乗用自動車等四台に次々と轢かれて死亡したと主張して、被告小野三郎に対しては民法七〇九条、その他の被告らに対しては自賠法三条に基づき、損害賠償請求した事案である。
一 争いのない事実等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。) (甲一、乙二、弁論の全趣旨)
(一) 日時 平成七年六月一九日午前零時一〇分ころ
(二) 場所 三重県鈴鹿市東庄内町地内・高速自動車国道近畿自動車道名古屋亀山線(通称・東名阪自動車道)上り七三・五キロポスト先路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車両
(1) 被告堀部雅和(以下「被告堀部」という。)が運転する同人保有の普通乗用自動車(三河五二ふ九二四四。以下「堀部車」という。)
(2) 被告石垣信一(以下「被告石垣」という。)が運転する同人保有の普通乗用自動車(名古屋七二の九四〇三。以下「石垣車」という。)
(3) 被告吉田勉(以下「被告吉田」という。)が運転する同人保有の普通乗用自動車(岐阜三三や六三七二。以下「吉田車」という。)
(4) 被告小野三郎(以下「被告小野」という。)が運転する大型乗用自動車(大型バス、横浜二二か六五八七。以下「小野車」という。)
(四) 被害者 亡清己(昭和四八年一二月七日生・本件事故当時二一歳)
(五) 事故態様
加害車両が、本件事故現場路上に転倒していた亡清己を、堀部車、石垣車、吉田車、小野車の順番で順次轢いたもの(以下、加害車両が亡清己を轢いた事故をそれぞれ「堀部事故」「石垣事故」「吉田事故」「小野事故」という。)。
2 亡清己は、平成七年六月一九日死亡した。
3 原告らは、亡清己の父母である。
4 原告らは、堀部車及び石垣車の各自賠責保険会社から、合計三四七六万一五二一円の自賠責保険金を受領した。
二 争点
1 被告らの過失の有無及び亡清己の死亡原因等
(一) 原告らの主張
被告らには、それぞれ制限速度を大幅に超過する高速度運転及び前方不注視の過失があり、亡清己は、加害車両に順次轢かれた結果、頭蓋顔面骨粉砕骨折、脳脱出、右心室心尖部破裂、下大静脈破裂、胸腹部背面轢過創等により死亡した。
(二) 被告らの主張の要旨
(1) 被告堀部の主張
被告堀部に過失はない。また、亡清己が路上に転倒していたのは自損事故によると考えられるが、亡清己は右自損事故により既に死亡していたか、あるいは相当の重傷を負つており死亡するのが必至の状態であつたと考えられる。よつて、堀部事故と亡清己死亡との間には因果関係がない。
仮に被告堀部に過失があり、堀部事故と亡清己死亡との間に因果関係があつたとしても、亡清己には重大な過失があつたというべきであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。
(2) 被告石垣の主張
被告石垣に過失はない。また、亡清己は、自損事故あるいは堀部事故などにより既に死亡していたか、少なくとも瀕死の重傷を負つた可能性が高く、石垣事故と亡清己死亡との間には因果関係がない。
仮に被告石垣に過失があり、石垣事故と亡清己死亡との間に因果関係があつたとしても、亡清己には重大な過失があつたというべきであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。
(3) 被告吉田の主張
被告吉田に過失はなく、仮にあつたとしてもごく軽微なものである。
亡清己は、自損事故あるいは堀部事故又は石垣事故により既に死亡していた可能性があり、吉田事故と亡清己死亡との間には因果関係がない。
仮に吉田事故と亡清己死亡との間に因果関係があつたとしても、亡清己は、自損事故並びに堀部車及び石垣車による事故によつて大きな傷害を負つていたのであるから、吉田事故の寄与率はごくわずかである。
(4) 被告小野の主張
被告小野に過失はない。また、小野事故と亡清己死亡との間には因果関係がない。
2 損害額(原告の主張)
(一) 葬儀費用 (一二〇万円)
(二) 慰藉料 (二二〇〇万円)
(三) 逸失利益 (六一〇〇万〇一二八円)
(四) 弁護士費用 (二〇〇万円)
(五) 相続等
原告らは、亡清己が被告らに対して有していた債権(右合計額から前記自賠責保険金を控除した額である五一四三万八六〇七円の債権)を二分の一ずつ相続した。
(六) よつて、原告らは、被告らに対し、連帯して、各金二五七一万九三〇三円(ただし、円未満切り捨て)及びこれに対する平成七年六月一九日(事故日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告らの過失の有無及び亡清己の死亡原因等)について
1 前記争いのない事実等に証拠(乙二、一一、丙二、三、丁一、戊一の1、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況等
本件事故現場は、最高速度が時速八〇キロメートルに指定された片側二車線の高速自動車国道であり(以下「本件道路」という。)、その概況は別紙図面のとおりである。本件道路は、上下線とも幅九・五メートルであり(ただし、路肩を含む。)、中央には、高さ一・〇五メートルのガードロープ(中央分離帯)が設置され、上下線は完全に分離されており、路面は平坦でアスフアルト舗装され、本件事故当時は降雨のため湿潤していた。また、上り線は緩い左カーブ(半径八〇〇メートル)となつているが、前方約二〇〇メートル間の見通しは良好で、下り線も緩い右カーブとなつているが、前方約二〇〇メートル間の見通しは良好であつたが、上下線とも照明設備がなく暗かつた。
(二) 本件事故前の状況
亡清己は、普通乗用自動車(名古屋三三ほ四四五九。以下「亡清己車」という。)を運転し、本件道路下り線を走行していたところ、図面<×>1地点及び<×>2地点において亡清己車を下り線ガードレールに衝突させる事故を起こし、その衝撃により、同車から放り出され、本件道路上り線走行車線上である図面<×>6地点に転倒した(以下右事故を「亡清己事故」という。)。
また、亡清己車は、大破したうえ、下り線の追越車線上である図面<1>地点にほぼ横向きになつて停止した。
(三) 本件事故の状況
(1) 堀部事故について
被告堀部は、堀部車を運転し、本件道路上り線の走行車線を前照灯を下向きにして時速約八〇キロメートル弱で走行中、図面地点において、前方約四〇・六メートルの図面<×>6地点に薄茶色の段ボール箱のような物体を発見したが、回避措置を採ることはかえつて危険であると考え、そのまま右物体の上を走行し、図面
(2) 石垣事故について
被告石垣は、石垣車を運転し、本件道路上り線の走行車線を時速約八〇キロメートルで走行中、図面<あ>地点において、前方約四二・八メートルの図面<×>7地点に白色の物体を発見したが、右物体が何か分からず、風に吹かれて移動するかもしれないと思いながらそのまま進行したところ、右物体まで約一二・四メートルに迫つた図面<い>地点において、右物体が全く動かないことから衝突の危険を感じ、ハンドルを少し右に切つたが回避できず、図面<う>地点で右物体を轢いた(後に右物体は、堀部車に轢かれて移動した亡清己であつたことが判明したが、石垣は直前まで人間と分からなかつた。)。
(3) 吉田事故について
被告吉田は、吉田車を運転し、本件道路上り線の走行車線を時速約八〇キロメートルで走行中、図面<甲>地点において、前方約五〇・五メートルの図面<×>8地点に白色の物体を発見したが、右物体が何か分からなかつたことから、念のためアクセルから足を離し減速して進行したところ、右物体まで約一二・五メートルに迫つた図面<乙>地点において、右物体が人間のように見えたため、ハンドルを右に切つてこれを避けようとしたが回避できず、図面<丙>地点で右物体を轢いた(後に右物体は、石垣車に轢かれて移動した亡清己であつたことが判明した。)。
(4) 小野事故について
被告小野は、小野車を運転し、本件道路上り線の走行車線を前照灯を下向きにして時速約八〇キロメートルで走行中、図面<Ⅰ>地点において、前方約五六メートルの図面<×>9地点に白色の物体を発見したが、右物体が何か分からず、回避措置をとることはかえつて危険であると考えたため、そのまま右物体の上を通過しようとしたところ、右物体まで約一三・三メートルに迫つた図面<Ⅱ>地点において、右物体が人間のような形をしているように見えたものの、まさか人間が寝ているとは思わず、図面<Ⅲ>地点で右物体を轢いた(後に右物体は、吉田車に轢かれて移動した亡清己であつたことが判明した。)。
(四) 本件事故後の亡清己の状況
本件事故後、亡清己は頭部頭蓋底骨が粉砕されるなどしており、即死状態であつた。
2 当裁判所の判断
(一) 被告らの過失の有無について
前記認定事実によれば、被告らは、本件道路上り線をほぼ制限速度である時速約八〇キロメートルで進行中、右路上に転倒していた亡清己を、それぞれ亡清己まで約四〇ないし五六メートルの地点に至つて発見したが人間と分からず、特段の回避措置をとることなく進行したために亡清己を轢いたものであるが、本件事故は深夜、降雨の中、高速道路の照明設備のない暗い場所で起こつたものであり、本件道路下り線には一見して事故車両と分かる亡清己車が停止していたものの、被告らが走行していた本件道路上り線には特段の異常もなく、同路上に人間が横臥しているとは考えにくい状況であつたといえるから、被告らが前方の物体を発見した時点において、それが人間であると気付かなくても無理はなかつたといえるうえ(したがつて、前方の物体との衝突を回避するための措置をとることも要求できない。)、被告らの走行速度、本件事故現場の状況(降雨のため、アスフアルト路面は湿潤していた。)、空走距離、制動距離等を考慮すれば、被告らは、亡清己を発見した時点においては、すでに有効適切な回避措置をとることも困難な状況にあつたというべきである。
もつとも、証拠(乙九、一〇)によれば、被告らは、本件事故から約一か月後の実況見分において、前照灯を上向きにした場合、被告堀部については前方の物体まで六七・五メートル、同石垣については前方の物体まで六二・四メートル、同吉田については前方の物体まで五四・三メートル、同小野については前方の物体まで六一・三メートルの地点において、それが人間であることがはつきり分かつたこと(なお、前照灯を下向きにした場合には、被告堀部については前方の物体まで六一・三メートル、同石垣については前方の物体まで五三・三メートル、同吉田については前方の物体まで五二メートル、同小野については前方の物体まで三二・四メートルの地点において、それが人間であることがはつきり分かつた。)が認められ、これによれば、被告らは、前照灯を上向きにした場合には、前方の物体が人間であると分かつた瞬間に急ブレーキをかければ、本件事故を回避できた可能性もあるが、右実況見分は、前方の物体が人間であることを意識してなされたものであるうえ、見分時の天候も降雨ではなかつたのであるから、右結果をそのまま採用して被告らの過失を判断するのは相当でないといわねばならず、右証拠(乙九、一〇)の存在は右認定を左右しない。
以上からすれば、被告らには過失がなかつたと認めるのが相当である。
また、前記認定の亡清己事故の状況によれば、亡清己は、自らガードーレールに亡清己車を衝突させる事故を起こしているところ、右事故現場には、亡清己車が他車と衝突したようなことを窺わせるような事情も全く認められず(乙二、弁論の全趣旨)、また、亡清己車に欠陥等が存したとの事情も窺えないのであるから(乙八、弁論の全趣旨)、亡清己事故は、亡清己の何らかの過失によつて生じたものと推認するのが相当であり、そうだとすると、本件事故は亡清己の自損事故により高速自動車国道の上り線上という危険な場所に亡清己が転倒していたがために生じたものと認められる。
そうすると、本件においては、被告小野については民法七〇九条の過失が認められず、また、被告堀部、同石垣及び同吉田についても自賠法三条ただし書きの免責の抗弁(同被告らの各事故が同被告らの車の構造上の欠陥、機能上の障害の有無と関係がないことは明らかである。)が認められるから、原告らの右被告らに対する請求も、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(二) なお、仮に本件において、被告らに何らかの過失があつたと判断するのが相当だとしても、前記認定の本件事故状況に照らせば、被告らの過失は軽微なものであるといわざるを得ず、右に推認した亡清己の過失と対比すれば、亡清己の過失割合が六割を下ることはないというべきである。
そうすると、原告らが主張する損害合計額八六二〇万〇一二八円が全額認められたとしても、右過失相殺後の金額は三四四八万〇〇五一円となり(ただし、円未満切り捨て)、これは前記自賠責保険金三四七六万一五二一円により既に填補されていることになる。
三 結語
以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がない。
(裁判官 松本信弘 佐々木信俊 村主隆行)
別紙図面 略